学術雑誌に初めて論文を通すまでの軌跡

はじめに

 先月の4月4日に,自分が第一著者の原著論文が「Journal of Morphology」という雑誌のウェブサイト上で公開されました.該当論文の解説記事は後日公開するとして,今回の記事では,論文が公開されるまでの過程(原稿執筆・査読受理・原稿修正・採択通知受領)を書き綴っていきます.この記事を書く動機は主に,1年近くかかった作業の思い出を文書として記録したいこと,と,1年前の自分が論文を書くときに知りたかった論文採択までの流れを知見として残したいこと,の2つです.この記事で言う論文は全て原著論文(学術雑誌に掲載される論文)を指します.学会プロシーディングス・講演要旨・講演原稿などは,また別の媒体なので,区別してください.1年前の自分のように論文を出版したい,と思っているけれど何をどう進めていけばいいのか分からないという人のお役に立てば幸いです.

事前準備:論文に必要な結果を出す(2016年4月-2018年2月)

 論文を出版するにはそれに値する研究結果が必要です.私が今回論文化した研究結果は,主に2016年から2018年の修士課程で得たものです.今回の論文の骨子になる発見は,修士1年生(2016年)時点で何となくわかっていましたが,当時は観察結果を得るために毎度京都へ出張していたことから,結果を十分には得られませんでした.しかし,修士2年生の秋から出張で使っていた観察機器が研究室に導入され,修論提出までに大量の観察結果を得ることができました.これにより,主張を示す決定的な証拠となるデータと,それを補足するに十分な量のデータが得られ,成果を論文化したいと思うようになりました.

 修士課程を修了するまでに別の計算機実験もしていて,そちらのデータも少しずつたまってきたため,結果を区切って論文化したい,論文化しないと,現在までに出ている結果と今後出すであろう結果を一本の論文にまとめるのは大変そうだ,という旨を指導教官に相談したところ,では観察結果をまとめて論文にしよう,雑誌に提出する原稿を書いてみてくれという話になりました.

 もし今これを読んでいる人が研究成果を論文にまとめるべきか迷っていたら,以下の点が執筆の目安になるかと思います.

  1. 結果が明確な主張を構築するに十分な質・量であること
  2. 今後の研究結果と合体させて論文にした場合,論文が過度に肥大化してまとめるのが難しいと予想されること
  3. 以上を指導教官に相談して,論文執筆に前向きな態度を示してくれること(自分がいけると思っていても,指導教官が認めてくれない場合,初めての原著論文を採択までこぎつけるのは難しいため.)

投稿雑誌の選定(2018年2月)

 雑誌に提出する原稿の様式は学術雑誌ごとに異なります.このため,提出前にどの学術雑誌に投稿するか,予め見当をつけておく必要がありました.学術雑誌の選定にあたって,観察が主体の研究結果から,インパクトファクターの高い有名雑誌には載らないだろうと考えました.所属研究室の論文と自分の研究テーマ・手法が大幅に異なったため,雑誌選定には自分の研究と関連する研究の論文を参考にしました.研究背景の構築に使っていた論文が掲載されていた,Journal of Morphologyを含めた複数の雑誌を投稿先の候補としました*1

原稿作成・提出(2018年3月-5月)

 最初はJournal of Morphologyよりも少しだけインパクトファクターが高い(といっても1.0くらいしか変わらないんですが)雑誌に投稿を決めました.初稿の作成は丸投げに近い状態で任されたので,雑誌の公式HPにあるAuthor's Guidelineを見て,必要な図,文章を自分で作っていきました.このときの原稿のクオリティは結構いい加減で,あのときの状態の原稿が採択されたらと思うとぞっとします.しかし,当時は指導教官もその原稿を修正してくれて,私も指導教官が修正してくれるなら提出してもよいのだろう,と安易な考えでそのまま雑誌に提出してしまいました(2018/4/25).提出後,3日で雑誌側から返事が返ってきて,結果はEditor's kick(査読に渡らない門前払いのこと)でした(2018/4/27).内容に関する批判的コメントに加えて,英文に関する指摘も受けました.この査読結果を受けて,英文校正サービスに校正を依頼しました.校正後,Journal of Morphologyに原稿を提出しました(2018/5/12).内容はほとんど何も変えていませんでしたが,無事査読に回りました.Cover letter*2に目を引くような画像をつけていたのがよかったのかもしれません.

査読返却(2018年6月-7月)

 査読に回ってから約1ヶ月後,雑誌の編集者から査読結果が送られてきました(2018/06/26).結果はRejectでしたが,再提出(Resubmission)の権利が与えられました.査読者のコメントを受けて修正した原稿をJournal of Morphologyに提出すればもう一度同じ査読者で査読をしてもらえるとのことでした*3.    査読者からのコメントは,重要度の高いMajor issueとそうではないMinor issue合わせると一人あたり30くらいはあった覚えがあります.査読者は二人とも非常に親切で,原稿を詳細まで読み込んでくれていることがわかるコメントが多々ありました*4.修正の要請はとても多かったのですが,論文で扱っている問題や主張については面白いと好評でした.コメントには,「これまでの先行研究で不明だった知見を与えてくれる論文」,「魚の椎骨を対象とした今後の研究に役立つ情報が多量に含まれている」,「図が美しい」といった嬉しい評価があり,この言葉のおかげで以降の原稿修正に対するやる気を維持することができました.

 修正にあたり,サンプル追加の要請はあったものの,別種類の追加実験の要請はなく,研究背景の書き直し,記載の修正など,文章に関する修正が多かったので,基本的にコメントに全て答える方針で進めることにしました.論旨への批判がない分リジェクトになる可能性もほとんど無く,指導教官にはマシな方と言われましたが,それでも全てのコメントに対応すると原稿が全編書き直しになるくらいの勢いだったので,修正の方針に悩んだり,論文が完成する未来が見えず,不安でした*5.指導教官とはこのときディスカッションを頻繁にしましたが,修正の方針を話し合うためというよりはむしろメンタル部分を支えてもらった方が大きかった気がします.

修正(2018年7月-2019年1月)

図の修正・情報収集(2018年7月-11月)

 査読が返却されて以降,7月から11月は国際・国内学会発表や新しいグループとの共同研究を並行しながら,論文の修正作業を進めていきました.費やした時間の大部分はサンプル追加の実験作業でしたが,一番労力を使ったのは研究背景の構築です.原稿提出時は恥ずかしながら,かなり勉強不足の状態で,研究背景の書き方をよくわかっていませんでしたが,査読者から明確な指摘を受けて,遅まきながら関連論文を読み漁り,勉強し直しました.5日間くらい全時間を関連研究のサーベイに費やした週があって,そのときは2日で論文を7本読むペースでした.形態学の論文は70ページ近くある原著論文(総説論文ではありません)が複数あって情報をもらさないよう読むことが大変でした.今回の論文を書くにあたって,総計で50本以上の論文は読みました.うち引用したのは25本くらいです.魚の椎骨の形態は対象としている研究者が少ないため関連研究の論文数が比較的少なかったのですが,人気の研究分野だともっと論文数は多くなると思います.文献調査を徹底的に行ったおかげで,研究の動機に説得感が増し,加えて,今回の研究結果が他の研究に及ぼす影響が明瞭化できました.これにより,研究背景だけでなくディスカッションの内容についても指導教官に提案できるアイディアが増え,より内容の密度が濃くなりました.

 修正に必要なデータの追加,文献調査などの作業を終えて,11月からは本格的に原稿の修正を始めました.指導教官の指示により,先に論文に使う図をほぼ完成させてから原稿の文章の修正に取り掛かりました.図の作り方は研究や分野によって異なる*6と思うので触れませんが,論文では図が主張を伝える主な道具となるので,どの分野でも論文執筆の際は図を文章より先に完成させた方が良さそうです.

箇条書きリストの文章化(2018年11月-2019年1月)

 原稿の文章を書く作業に移ったときも,いきなり文章を書かず,まずは日本語の箇条書きで原稿に書くべき内容をリストアップしました. この時点で情報の不足がないか,また,情報を提示する順序が正しいかを確認しました.このとき,指導教官にも文章の内容・論理構成をかなり深くまで理解してもらい,添削する体制を整えました.これは私の研究内容が指導教官と大きく離れていて,情報共有を密に行わないと添削作業ができなかったためです.指導教官が主導する研究テーマで研究していたら指導教官による修正をそのまま適用すればよかったと思いますが,今回は私が原稿を書いて,それを指導教官が修正して,修正原稿を見て内容に誤りがないか私が確認する,悩んだ時は適宜2人で相談,という形式を取りました.

 箇条書きをもとに英文化を想定したラフな日本語の文章を書きました.日本語から英語に変換することを考慮して,以下の点に気をつけました.

  • 主語と述語を明記する
  • 修飾語を必要以上に長くしない
  • 回りくどい表現は使わない
  • 日本語特有の曖昧な表現など,英語への変換が難しそうな表現はしない

 日本語の文章を一旦書き終えて,英文に翻訳する前に,かなり厳し目の添削を受けました.添削の後,前後の文脈に筋が通っているか,情報の過不足・誤りはないか,を指導教官と対面して議論しながら確認しました.次に,私が日本語の文章を英語に翻訳して,指導教官に英文を修正してもらいました.英文をかくときは日本語文を他の論文など参考にしつつ英語化し,主張が伝わるか自信がないときはGoogle翻訳を使って意味の通る日本語の文になるか確認していました.箇条書きを文章にしてからは,毎日,もしくは2日に一回は話し合って修正の相談をする機会を設けていました.1時間ぐらい議論して疲れてきたら一旦休憩を繰り返し,3時間ぐらいの議論が終わったあとは頭が全然働かない,ということがままありました.ありがたいことに年末ギリギリまで指導教官に協力していただき,英文校正に出して年を越しました*7(2018/12/30).

 年をまたいで英文校正が返却された後(2019/01/09),校正者のコメント*8と共著者からのコメントをもとに再び毎日2時間くらい相談して修正し,修正原稿を雑誌へ再提出(Resubmission)しました*9(2019/01/18).

2回目の査読結果返却(2019年2月)

 査読結果は,修正原稿を提出してから一ヶ月後に返ってきました(2019/02/14).どちらの査読者からも修正に関する評価は良かったです.査読者2人のうち1人からは2回目の査読にも関わらず10点以上のコメントを付けられたので少し驚きましたが,文章の修辞に関するコメントが主だったので,ほとんどのコメントは受け入れて修正を行いました.ただ,全く別の研究内容に寄せた追加データを求めるコメントに関しては応じられなかったので,査読者の指摘を尊重しつつも,今回の論文では着目していないので,次回の課題に...といったコメントをつけて返答しました.今回の査読結果はMajor Revisionで,雑誌規定だと修正猶予は90日だったのですが,できるだけ早いほうが良いとのことで,二週間後には修正原稿を提出しました(2019/02/27).

アクセプト・出版(2019年3月)

 修正原稿を提出して3週間後に論文採択の通知が編集者から送られてきました(2019/03/18).採択通知と一緒に,査読者から労いとお祝いの言葉が送られてきたので,嬉しかったです*10.数日すると雑誌側からメールが送られてきて,その指示に従い,論文印刷前のライセンス(Creative Commons)の指定や,オンライン上での公開範囲*11の指定を行いました.ライセンスや公開範囲に関するWeb上での手続きを終えた後,公開前の最後の確認(Proof Read)に入りました.論文は一旦公開されるとその後の修正は上書きとして記録されるので,Proof Readが原稿修正のラストチャンスとなります.今回の論文ではアクセプトされてから細かいミスがいくつか見つかっていたので,もう修正できないと思うとプレッシャーが重たく,Proof Readの48時間の間に繰り返し原稿を確認しました.翌々日くらいに雑誌側で修正された原稿を確認し,無事論文は公開されました.論文のアクセプト・公開はもちろん嬉しかったのですが,一回目の修正原稿提出までが一番高揚していたので,あっけなく感じて驚きました.論文が公開された今は,ストレスから開放されたのか脳の半分くらい空間が空いたような感覚があって,新しいアイディアが少しずつ溜まってきています.

反省

 晴れて論文は公開されましたが,公開された今だから思う反省もあります.例えば,論文のデータについて,なんとなく論文化できそうと思ったらもっと早くデータを集めればよかったと思っています.ただ,論文にできそうと思う結果を出すまでにも時間はかかるので,結局常に手を動かすしかありません.あと,論文を書く,と決めたらだらだらせず集中して一気に書き上げることも重要でした.論文執筆中,学会発表や共同研究の立ち上げなど他の作業があったために,その期間は進捗が良くなかったです.また,今回の論文で原稿を添削してくれた指導教官とは,原稿を作成する前に論文の大まかな主張や構成をもっと共有すべきでした.独自のテーマで研究している分,文献調査や原稿の執筆に責任をもって取り組む意識が当初は甘かったです.これらの点を踏まえて,次回の論文執筆はより早く進めていけたらと思います.

最後に

 今回の論文投稿は共著者・査読者・校正者にとても恵まれ,この方たちのおかげで満足のいく質の論文を公開することができました.特に共著者である,指導教官の近藤滋先生と高知大学の佐藤真央さんには,この場で心から感謝申し上げます.論文の解説記事も後日公開予定なので,お楽しみに!

*1:妥当な投稿雑誌を見極める感覚を養うためにも普段から論文を読んでおくことは大事です

*2:原稿を雑誌の編集者に提出する際に同封する手紙のこと.

*3:学術雑誌は原稿が提出されてから採択されるまでの期間を出版論文に記載する必要があり,近年はその期間が短いほど投稿者に人気な傾向があります.Reject&Resubmissionにすると,Resubmitしてから採択されるまでの期限が公表されるので,すでに修正した原稿が再提出されている分,提出から採択までの期間が見かけ上短くなり,雑誌の評価が良くなるらしいです.今回の論文は査読者の評価を見るにほぼMajor Revisionでしたが,上述の目的でReject&Resubmissionになったことが予想されます.また,Major Revisionの修正期間はJournal of Morphologyだと90日で,それまでに修正しきれるかと言われたら微妙な量だったのも判断基準の1つだったと考えられます.

*4:Journal of Morphologyは1908年から継続して出版されている老舗の学術雑誌だったので,査読者も丁寧だったようです.

*5:ストレスがかかっていたので,遠方の家族に相談していました

*6:形式的な話をすると,私はこのWebページを参考に画像サイズの幅1800px,解像度600DPI,カラーモードRGBで作成しました.

*7:原稿を修正してからCover letterの執筆にもとりかかり,このとき同封して英文校正の添削に出しました.50個くらいあったコメントへの返答も,方針が固まると意外に早く文章化できました.指導教官と相談しながら5日くらいで作成しました.

*8:骨を専門とする校正者を指定したおかげで研究内容に踏み込んだ具体的なコメントが多かったです.

*9:このとき直前で研究対象の魚種に外見がよく似た新種がでてきたのでとても焦りました

*10:採択時に査読者からメッセージが送られてくるのは珍しいそうです

*11:今回の論文は大学を問わず誰でも論文の閲覧が可能なOnline Openに設定されています.Online Openにするだけで30万円近くかかるので,お金のかからない契約ケースとして,雑誌と契約している大学内でしか閲覧できない公開範囲もあります.