骨の形はなぜあの形?【続・食卓から学ぶ形態学(魚の椎骨編)】

この記事は CAMPHOR- Advent Calendar 2021 の16日目の記事です.また,食卓から学ぶ形態学(魚の椎骨編)の続編記事でもあります.

こんにちは,CAMPHOR- 卒業生のサカシタです.卒業後は大学で,研究をしています.専攻は発生生物学,理論生物学で,「生き物の形がどうやってできるのか」という問いを実験とコンピュータシミュレーションから明らかにしようと活動しています.今回は,私が研究対象にしている「骨」と,その形作りの原理に関する仮説を紹介します.

魚の骨格
魚の骨格

骨は脊椎動物の体を支えている,無機物でできた硬い組織です.生物が死んだあとも形が残るため,様々な生き物の骨格標本が博物館などに展示されています.皆さんそれぞれ見たことのある骨格標本を思い浮かべていただきたいですが,骨は,その生き物のからだ全体をかたどったような形になっていませんか?このことから,生き物の形は大まかに骨の形で決まっていると考えられないでしょうか?骨の形をつくる仕組みがわかると,生き物のからだの形ができる仕組みがわかるのではないか,と私は考えて,骨の形作りを研究しています.

さて,本題の問いに入ります.骨の形はどのようにしてできるのでしょうか?これに答えるためのヒントとして,骨の機能に目を向けてみましょう.先ほど述べたように,骨は硬い組織です.このため,私達のからだを支える役割を果たしています.骨という支持体がないと,軟らかい私達のからだは重力に負けて潰れてしまいます.骨があるから私達のからだは形を保っていられますが,そのために骨には重力など,骨の外から力が加わっています.骨は普段から,力に抵抗し続けているのです.このことに着目した昔の科学者は,骨をつくるには骨に加わる力が重要ではないかと考えました*1

実際にそのあとの研究で,骨をつくる細胞は骨に加わる力によって活動が変化することが明らかになっています.骨をつくる細胞は骨に力が加わると,より骨をつくろうと活性化します.また,もう一つ重要な細胞として,骨を削って吸収する細胞も存在します.骨を削る細胞は,つくる細胞とは反対に,骨に加わる力が弱くなると,骨を削ろうと活性化します.有名な例として,宇宙飛行士が宇宙に行くと,骨粗鬆症の患者のように骨が薄くなってしまいます.これは身体にかかる重力が小さくなり,骨を削る細胞が盛んに働いたために起こります.これら2種類の細胞が骨をつくる・削る作業を繰り返して骨の形は作られるため,これまでの研究で,骨の形は骨に加わる力によって決まっていると考えられてきました.

骨をつくる細胞たち
骨をつくる細胞たち

骨の形が骨に加わる力で決まるのか確かめるために,私たちはトポロジー最適化という理論を使って骨の形を再現しようと試みました.トポロジー最適化とは,構造を形作る材料分布を変えることで設計者の求める目的に最適な構造を作り出す構造設計理論です*2.最適化に使う計算式などはここでは割愛しますが,今回のシミュレーションでは,外から加わる力に対して,一番変形の少ない構造をつくることを目的としました(剛性最大化と言います).この目的に適う構造をつくるために,最適化の過程では,応力とひずみの積の相対的な大きさに応じて材料の増加・削減が決まります.言い換えると,力が加わって応力の大きな部分ほど材料が付け加わり,小さい部分ほど材料は削られます.どうです,骨をつくる細胞・削る細胞の活動に似ていませんか?

トポロジー最適化を用いたシミュレーションを使って,今回の研究では魚の背骨の形を再現してみました.なぜ魚の背骨なのか気になった方,ぜひこの記事を読んでみてください!この記事の要点を述べてしまうと,魚の背骨は種ごとに形が様々で,それが魚の泳ぎ方によって異なる力の加わり方と関係しているのではないか,と前の研究で私たちは考えていました.このことから,今回のシミュレーションにうってつけの対象ではないかと考えたわけです.

背骨の形は魚の種ごとに違う
背骨の形は魚の種ごとに違う

今のところ,魚の背骨に加わる力を計測することは難しいです.このため,トポロジー最適化のシミュレーションでは,魚の泳ぐ動きや,周りの筋肉の付き方などから,骨に加わる力を何種類か予想して,その力に対して強い構造をつくりました.この作業は大変で,数時間かかる最適化の計算を数十種類の力の条件で試していくことになります.当然,魚の骨とは似ても似つかないような構造も出てきます.しかし,いくつかの最適構造は魚の背骨と同じような形をしていました.なかでも,魚が泳ぐときに背骨が左右に曲がるので,曲げの力を加えると,マグロなど回遊魚で見られるような太い梁状の構造が再現できました.また,マグロとは体型や生態の違う種の椎骨の形が,引張りの力を加えて再現できています.これは周りの組織,主に筋肉を考慮して加えています.一方で,骨には加わらなさそうな力として,ねじれなどに対する最適化を行っても,魚の背骨に似た構造は得られませんでした.

最適化シミュレーションの結果(上・中段)と魚の背骨(下段)の比較
最適化シミュレーションの結果(上・中段)と魚の背骨(下段)の比較

これらの結果から,魚の背骨の形は骨の外から加わる力に応じて作られている可能性が,シミュレーションで示せました.今回用いたトポロジー最適化は,元々,工学分野で建築物や機械の部品の性能を高めるための設計理論として開発されました.この理論に基づいて骨の形を再現できたということは,骨の形は外から加わる力に抵抗するのに適した構造をとっていると考えられるでしょう.さらに,力の違いによって違う魚の骨の形が再現できたことから,魚の多様な背骨の形は,生物種ごとの運動様式に適応した結果だとすると,面白いと思いませんか?このシミュレーションから,骨の形と力の関係について,様々な可能性を想像することができると思います.

以上の結果は,論文にしてPLOS Computational Biologyという雑誌で発表しています.論文はこちらのリンクから読めます.本記事では紹介していない結果も載っているので,この研究についてより深く知りたい方は,ぜひご一読ください.ここまで読んでくださり,ありがとうございました!

*1:一連の仮説はWolffの法則と呼ばれています."The Law of Bone Remodelling., Julius Wolff, 1986.

*2:"Topology Optimization Theory, Methods, and Applications", Martin Philip Bendsoe and Ole Sigmund, 2004